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名古屋高等裁判所 昭和57年(ネ)103号 判決

控訴人(附帯被控訴人) 川義株式会社

右代表者代表取締役 川口正義

右訴訟代理人弁護士 浅井正

同 細井土夫

被控訴人(附帯控訴人) 和田兼一

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 南任

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  本件附帯控訴に基づき原判決を次のとおり変更する。

1  控訴人(附帯被控訴人)は被控訴人(附帯控訴人)らに対し各金八一八万九三二六円及び各内金一八七万五〇〇〇円に対する昭和五三年八月一三日より、各内金五六一万四三二六円に対する同年一〇月一日より、各内金七〇万円に対する本判決確定の日の翌日より各支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人(附帯控訴人)らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審を通じてこれを二分し、その一を被控訴人(附帯控訴人)らの、その余を控訴人(附帯被控訴人)の各負担とする。

四  この判決は第二項1に限り、仮に執行することができる。

事実

控訴人(附帯被控訴人、以下単に控訴人という)代理人は「原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。被控訴人(附帯控訴人、以下単に被控訴人という)らの請求をいずれも棄却する。本件附帯控訴をいずれも棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら代理人は、控訴棄却の判決を求め、附帯控訴として「原判決を次のとおり変更する。控訴人は被控訴人らに対し各金一七三九万〇八四五円及びこれに対する昭和五三年八月一三日より支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上及び法律上の主張並びに証拠関係は、次に訂正・付加する外、原判決の事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

(被控訴人ら代理人の陳述)

一  原判決六枚目裏八行目と九行目との間に次のとおり加える。

「(四)(1) 控訴人には前記のとおり本件労働契約上の安全配慮義務を怠った債務不履行がある。したがって、控訴人は債務不履行に基づき本件事故による被控訴人ら主張の損害を賠償すべきである。

(2) また、控訴人の代表者は、康裕をして宿直業務を遂行させるにつき、宿直業務を管理する上で物的設備(例えば、のぞき窓・インターホン・防犯チェーン・防犯ベル等)を整えるとともに、来客その他訪問者らに対する応対や緊急時の通報方法等を具体的に教育し、もって康裕の生命身体に危害が及ばないよう配慮すべき注意義務を有していたにもかかわらず、これを怠った過失により本件事故を発生せしめた。したがって、控訴人は不法行為に基づいても本件事故による被控訴人ら主張の損害を賠償すべきである。

(3) そして、被控訴人らは、控訴人の債務不履行責任が認められないときは、選択的に不法行為責任を主張するが、後記被控訴人ら固有の慰藉料請求については、不法行為責任のみを主張する。」

二  原判決七枚目表八行目から同裏七行目(七八頁一段一二行目~二五行目)までを次のとおり改める。

「(二) 慰藉料   金二〇〇〇万円

(1)  康裕の慰藉料

康裕が本件事故により蒙った精神的苦痛に対する慰藉料は、すでに述べた諸般の事情を考慮すると、少なくとも金一〇〇〇万円であると認めるのが相当である。被控訴人らは右慰藉料請求権を二分の一宛相続により取得した。

(2)  被控訴人らの固有の慰藉料

被控訴人らは跡取りの一人息子を本件事故により亡くしたものであって、その精神的苦痛は誠に甚大である。それ故被控訴人らの固有の慰藉料は各金五〇〇万円を下らない。」

三  本件事故について康裕に過失があったとはいえないし、仮にそれがあったとしても、その割合はせいぜい一割程度が相当である。

(控訴代理人の陳述)

一  原判決一一枚目裏六行目から同九行目(七九頁一段八行目~一二行目)までを次のとおり改める。

「同(二)のうち慰藉料に関する主張を争う。」

二  控訴人がいかに物的設備を充実し、かつ宿直業務についての教育を尽したとしても、そもそも宿直員が交遊関係のある人物を本件社屋内に招き入れることや、その友人の指示に従い正座して無抵抗のまま殺害されることまで回避することは不可能である。物的設備についていえば、控訴人が「のぞき窓・インターホン・防犯チェーン」を設置していても、右のような状況の下では、勅使川原の本件社屋内への入室を阻止することはできなかったと考えられるし、防犯ベル・非常ベルを設置していても、頸部ヘビニール紐を巻きつける方法で殺害するという行為を防ぐことはできなかったといわねばならない。また従業員教育といっても、そもそも経営者としては従業員の私的交遊関係につき介入しうる法的権限を有しない。控訴人においていかに多種多様の防犯設備を設けたとしても、康裕にこれを使用し利用する意思がなければ、それらは全く無意味である。深夜という常識外の時間に勅使川原が本件社屋内へ入り込むことをたやすく容認し、さらに同人の指示に従って正座するという行動に出ることは、もはや控訴人がいかなる努力をしても防止しえない事柄である。したがって、仮に控訴人に債務不履行があったとしても、それと本件事故との間には全く因果関係が存在しない。

三  仮に控訴人に責任があるとしても、康裕の過失の割合は大きく原判決のいうように三・五割の割合しか認めないのは、本件事案の性質に照らし、少なすぎるというべきである。

(証拠関係)《省略》

理由

一  当事者間に争いのない事実、康裕死亡に至るまでの事実経過、控訴人の責任に関係する事実関係及び控訴人の責任に関する当裁判所の認定判断は、次に付加・訂正する外、この点に関する原審の認定判断(原判決一四枚目裏八行目から同二九枚目表九行目(七九頁三段一五行目~八二頁四段二六行)まで)と同一であるから、ここにこれを引用する。

1  原判決一五枚目表三行目の「谷口清」の次に「、当審証人勅使川原晴久」を加え、同四行目の「認められる。」を「認められ、この認定に反する原本の存在及びその成立に争いのない乙第四号証は前掲各証拠と対比して信用できず、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。」と改める。

2  原判決一九枚目裏九、一〇行目の「谷口清の証言」を「谷口清、当審証人勅使川原晴久の各証言」と改め、同末行の次に「この認定に反する当審証人川口敏秋の証言は前掲各証拠と対比して信用できず、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。」を加え、同二三枚目裏一、二行目の「交話」を「通話」と改め、同二四枚目表五行目の「更に」から同八行目(八一頁三段三〇行目~四段一行目)までを削る。

3  原判決二四枚目裏三行目(八一頁四段九行目)の「前認定によると」の次に「、控訴人と康裕との間には労働契約が成立していたところ、」を加え、同二八枚目表六行目と七行目(八二頁三段二四~二五行目)との間に行を変えて次のとおり加える。

「この点に関して、控訴人は、本件事故は康裕の意思に基づいて勅使川原の侵入を許し、正座のまま殺害されるという異常な態様で発生したから、仮に控訴人において物的設備及び従業員教育の面で安全配慮義務の不履行があったとしても、右債務不履行と本件事故の発生との間には因果関係が存在しない旨主張する。

しかしながら、勅使川原は二度目に本件社屋を訪れた際、康裕の意思に反して本件社屋内に侵入しているのであり、康裕は勅使川原を歓迎していないばかりか、同人に対して暗に退去を促していたこと前認定のとおりであって、また《証拠省略》によると、同人が康裕の頸部を絞め上げたとき、康裕は抵抗したことが認められる。これらの事実を考慮すると、のぞき窓や防犯チェーンが設置されておれば、勅使川原の侵入を防止することが可能となり、また、防犯ベルが設置されておれば、勅使川原が本件社屋内に侵入した後でも同人を屋外に排除することが可能であったと考えられるし、これらの設備が同人に与える心理的効果の点から見ても、少なくとも本件のような最悪事態を避けることは十分可能であったというべきである。

したがって、控訴人の右主張は失当である。」

二  そこで、本件事故に基づく被控訴人らの損害について検討することとする。

1  康裕の逸失利益が被控訴人ら主張のとおり合計金一八三一万二一五〇円であること及び被控訴人らがこの二分の一宛を相続したことについては当事者間に争いがない。

2  次に葬祭費の請求について判断するに、《証拠省略》によると、被控訴人らは康裕の葬儀を執行しその費用として少なくとも金五〇万円を支出したことが認められるところ、右費用は控訴人の前記債務不履行と因果関係のある康裕の損害と認められるから、被控訴人らは相続によりその二分の一宛、すなわち金二五万円宛を取得したものというべきである。

3  次に過失相殺の主張について判断をする。

前記認定事実によると、康裕は勅使川原が本件社屋内から控訴人所有の反物を再三にわたり窃取していたことを知っていたが、このことを上司に報告せず、勅使川原が入社後間もない自己の宿直日を狙って反物を窃取するため来訪するであろうことを予測できたにもかかわらず、事前にこれを防ぐための対策をとっていなかったこと、本件事故当日午後九時頃勅使川原が本件社屋を訪れトイレを使用した後、康裕に促されて早々に退去するという不審な行動に出ていたのであるから、康裕は同日午後一〇時四五分頃再びブザーが鳴った際に勅使川原が舞い戻ったのではないかということを十分予見できたはずであるのに、不用意にくぐり戸を開けたため、自己の意に反して勅使川原を本件社屋内に入り込ませてしまったこと、その後の康裕の応対は勅使川原を刺激する面があるなど必ずしも適切なものではなかったこと等が明らかであるから、これらの点で康裕にも過失があったと認められる。そして、康裕のこのような過失は、前示控訴人の過失と相合して本件事故発生の原因力となったものというべきであるから、本件損害額を算定するに当たり右康裕の過失を斟酌すべきである。しかしながら一方、康裕は本件事故当時未だ一八歳で入社後わずか五ヵ月を経過したにすぎなかったのであるから、これらの点を考慮し、前示控訴人の過失の程度を総合して判断すると、康裕と控訴人との過失の割合は、一対三と認めるのが相当である。

そこで、前示12の損害額の合計金一八八一万二一五〇円について右過失割合に従って過失相殺をすると、金一四一〇万九一一二円となる(円未満切捨て)。

4  被控訴人らが労災保険金として金六〇三万〇四六〇円の給付を受けたことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によると、控訴人は被控訴人らに対し見舞金及び香典の名目で合計金六〇万円を支払ったことが認められるから、右金員は本件損害賠償債務の一部弁済と認めるのが相当である。そこで前記過失相殺後の損害金から右合計金六六三万〇四六〇円を控除すると、金七四七万八六五二円となる。したがって、被控訴人らは各自その二分の一である金三七三万九三二六円の損害賠償債権を取得したことになる。

5  そこで、慰藉料請求について判断をする。

(一)  康裕が未だ若い身空で強盗により絞殺されるという無惨な最期を遂げたことについての無念さは察するに余りあるものがある。その外前認定にかかる本件事故の態様、控訴人と康裕との過失の程度割合等を考慮すると、康裕が本件事故により蒙った精神的苦痛に対する慰藉料は金三七五万円と認めるのが相当である。したがって、被控訴人らは相続により康裕の右慰藉料請求権の二分の一宛、すなわち金一八七万五〇〇〇円宛を取得したものと認めるべきである。

(二)  前記認定事実によると、本件事故により康裕が死亡するにいたったのは、控訴人の代表者が本件事故発生につき予見可能性があったにもかかわらず、この結果発生を回避するための物的設備を整備し、かつ従業員教育を施すべき注意義務を怠ったためであると認められるから、控訴人は民法四四条に基づき不法行為責任を負担し、被控訴人ら自身が康裕の死により蒙った精神的苦痛を慰藉すべき義務を負うものというべきである。そして、《証拠省略》によると、被控訴人らは跡取りの一人息子を本件事故により亡くしたため悲嘆にくれたことが認められ、その外本件事故の態様、控訴人と康裕との過失の程度割合等諸般の事情を考慮すると、被控訴人ら固有の慰藉料は各金一八七万五〇〇〇円と認めるのが相当である。

6  控訴人は康裕の生命に対する侵害は勅使川原の行為によるものであって控訴人の原因力は無に近いものであるから、このような控訴人に対しては一種の限度責任を認め、損害賠償額を一定限度に制限すべきである旨主張する。しかし、前記認定事実によると、控訴人の本件結果発生に対する原因力が無に等しいものとは到底認められないから、控訴人の右主張はその前提を欠き、採用することができない。

7  以上の検討に従い、控訴人が被控訴人ら各自に支払うべき損害賠償額を算定すると、前記4の金三七三万九三二六円、5の(一)及び(二)の各金一八七万五〇〇〇円の合計金七四八万九三二六円となる。そして、《証拠省略》によると、被控訴人らは本件について話合いによる円満解決を図ったが、控訴人がこれに応じないため、弁護士に委任して本訴を提起せざるを得なかったことが認められる。そこで、本件における事案の難易、請求額、認容された額その他諸般の事情を斟酌すると、本件債務不履行ないし不法行為と相当因果関係にある弁護士費用として、被控訴人らが控訴人に対し請求しうる金額は各自につき金七〇万円宛であると認めるのが相当である。

三  以上の次第で、控訴人は被控訴人ら各自に対し本件損害賠償債務として、前記7に示した金員の合計金八一八万九三二六円及びそのうち固有の慰藉料金一八七万五〇〇〇円に対する損害発生の日である昭和五三年八月一三日より、康裕の逸失利益、葬祭費及び慰藉料の合計金五六一万四三二六円(前記4の金三七三万九三二六円と5の(一)の金一八七万五〇〇〇円との合計額)に対する催告の日の後である同年一〇月一日(催告が同年九月中になされたことは《証拠省略》により認めることができる)より、弁護士費用金七〇万円に対する本判決確定の日の翌日より各支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務を負担していることが明らかであるから、被控訴人らの控訴人に対する本訴請求は右の限度で正当としてこれを認容し、その余を失当として棄却すべきである。

よって、本件控訴を棄却することとし、本件附帯控訴に基づき右と一部異なる原判決を右の趣旨に変更し、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条前段、九二条本文、九三条一項本文、八九条を、仮執行の宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 秦不二雄 裁判官 喜多村治雄 木原幹郎)

〈以下省略〉

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